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クレオパトラも愛した宝石。
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エメラルドグリーンの影。
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親指の爪より、もっと大きい。
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9.40ct、大きなティアドロップ。
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夫の郷里に帰っていた頃、必ず立ち寄る店があった。幸吉さんの店である。かつて夜の街として栄華を誇った場所は大半が灰色のシャッターに閉ざされ、昼でも仄明かるいアーケードの中に何とか頑張っている店が疎に残っている。名物の菓子を買いに本店まで足を伸ばし、迷路のような通路をぐるぐると歩き回ってようやくお目当ての買い物を済ませたが、何故か向かいの小さな店が気になった。時が止まったモノクロ写真の中に突然「現在」を湛えた店があるような錯覚に陥る。綺麗に磨かれた硝子越しに、良く光る舶来のライターや綺麗な香水瓶が見える。恐る恐る覗いていたら、どことなく夜の街の空気を纏った男性が出てきて、店に招き入れてくれた。それが幸吉さんとの出会いになる。オールバックに撫で付けられた髪からは甘い香りが漂い、日に焼けていない綺麗な肌と鋭い眼光が夜の街を感じさせる。低い声がとても魅力的で、若い頃の美貌は如何許りかと思わせる紳士だ。何故だか私達はあっという間に打ち解けてしまい、その後何年も訪ね、お互いの人生を語り合うような仲となった。幸吉さんの店の奥にある硝子の宝石箱には、華やかなりし時代の残党が並んでいる。大きな宝石達は主人を待ち焦がれながら、静かに長い時を過ごしてきたらしい。その手入れの行き届いた宝石箱の中に、一際大きく美しいエメラルドが鎮座していた。10ctに届こう美しいエメラルドの首飾りは、不思議と私によく似合った。長い長い間、遠く離れた街の片隅で、私を待っていたのかもしれない。幸吉さんも彼最大のチャームポイントであるシャイな笑顔を浮かべながら、良く似合うと褒めてくれた。正直な幸吉さんはどこからか古の仕入れ伝票を出してきて、ほぼ仕入れ値で良いと言う。まだ若かった夫には高値だったが、じきに誕生日だからと奮発してくれて、とうとう私の所有物と相成った。郷里に帰らなくなった今も賀状のやり取りが続いているが、昨年に店を畳んで優雅に過ごす旨が記されていた。タワーマンション最上階の住所が記された賀状を見ながら、きっと今でも魅力的であろう幸吉さんを想う。そして夜でも妖艶に輝く涙型のエメラルドを見れば、今より若かった私達の懐かしい出来事を思い出す。
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