ヒッポカムポス。半馬半魚の海馬。
宝飾品である前に、芸術品だと思う。
まだ幼かった息子の手を引き、デパートで品物を眺め歩いていた時のお話。彼は人目を引くところがあったのか、日頃から声を掛けてもらう事は少なくなかった。その日は宝飾品をあれこれと見て歩いていたのだが、何やら視線を感じる。大きな外国人がこちらを凝視しているのだ。大きな身体に見合う、大きな大きな瞳。ちょっと怖いようだ。通訳と思しき女性が手招きをするから、恐る恐る近づくと、やはり息子をじっと見つめている。愛想笑いが文化の日本人にとって、欧米人の真顔ほど落ち着かないものもない。年齢を尋ねられて答えたら、満足気に頷いて、ポケットから財布を取り出すのだから、ますます訳が分からない。彼が大きな指で指し示す物を見て、漸く合点がいった。彼の最愛の家族が映った、美しい写真。天使のように可愛らしい男の子が笑っている。貴方達を見ていたら、イタリアに残してきた家族を思い出してしまってね、つい仕事の手が止まってしまったんだ。そう言いながら、優しき父の面持ちで息子の頭を撫で、可愛い男の子だと微笑んだ。彼の手元には、彫りかけの繊細なカメオがある。有名な作家なのだと、通訳が教えてくれた。彼は見た事がない程に大きくて厚みのある手をしていたから、その繊細な作品と結びつかず、つい驚嘆する。昔ながらの古風な工具だけで彫刻するから、かなりの力が必要なのだと言う。彼が大男であるというのは、別段不思議な事ではないらしい。母から譲り受けた海馬のカメオも、きっとイタリアの大男が創り出した作品。可愛らしい天使と悪戯顔の海馬である。
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